a desolate station

無人駅

行きずり男と健全にファミレスで始発までパフェを食った話。

 

モータルエンジンが昨日で最終日だったということで、もはや時はないと終業後に映画に行った。

22:30に始まって終わるのが12時過ぎだということで、その時点でわたしの終電は消えていた。

 

新宿で始発を待つことになることが分かり切っていたはわたしはパソコンもタブレットも用意して、どこか遅くまで営業している店で書きかけのプロットを終わらせるつもりでいた。

 

意気揚々と映画館から出てきて、さて、マックでも探すか、と思っていた時だった。

その男に声をかけられたのは。

「お姉さん、ちょっと僕の悩み聞いてもらえません……?」

化粧っ気のないせいかあまり人に害をなすようには見えないのか、この手の人間には時々引っかかる。ナンパというにはチャラさが足りなくて、あしらおうにも弱々しい男だった。

とっさに言葉を返せなかったせいで、通り過ぎながら曖昧に口を動かしたわたしを見て同意と受け止めたのかなんなのか、男はそのまま初対面が聞くには重い身の上話を語り始めた。

いや、初対面だからこそ話せるのか……。

 

初動で男を無視できなかったわたしはそうそうに彼を追い払うことを諦め、しばらくその話に付き合うことにしてしまった。

バカだなあ、とは思ったが駅前には人が多くいたし、滅多なことは起こらないだろうと踏んだからだ。

 

わたしはマックを探して歩き回りながら、そのどこまで本当かわからない男の話に適当に相槌を打ち続けた。親切にしてやるいわれはないし、邪険に扱ったところで受ける人間関係のダメージもないのだ。

 

家族と絶縁状態であること。反対を振り切って東京に出てきたこと。そのあと両親が離婚したらしいこと。父が亡くなっていたこと。余命一ヶ月くらいの頃から彼に会わなかったことを後悔していたらしいこと。その手紙をやっと男の住所を探し当てたらしい弟から届いたこと。それを読んでとても後悔していること。失業中である今のことetc etc

 

まあありきたりな話だし、その分感情移入もしやすくて多少なりの同情心もあった。

いつまでも歩き回る気は無かったし、突き放すのも面倒だった。

そのままわたしは作業ができる場所を探している旨を告げた。案の定、彼は「邪魔しないから一緒にいてもいいか」と聞いてきた。「ひさびさに人と話した。寂しい」のだ、と。

構わない、とわたしは答えた。ただわたしは作業をするつもりでいるので、お喋りを楽しむつもりはない、と言った。それでいい、と彼はいう。予想の範疇だった。そんなわけでわたしは見知らぬ男とファミレスに行った。

 

同じ両利きで、九州出身だった。同じ習い事をしていた。二人とも米津玄師のファンだった。

そんなやつどこにでも転がってるだろうけど、まあなんというか、妙な巡り合わせじみたものを感じながら、パフェを食べた。

 

名前も聞かず連絡先も聞かず、ときどき短い会話をしながら四時間ほど始発を待って過ごした。わたしは宣言通り作業にかかりきりでプロットを書き続けたし、彼もYouTubeで動画を見ていた。

 

始発の時間が来て、おごりも奢られもせず、店を出た。少し朝が霞む駅前で、「今日はありがとう」と彼は言った。こちらこそ、と短く返した。「元気で」とそれだけは大事なことのような気がして、言っておいた。

寂しいから、たまたまそこらへんにいただけの女に声をかけて、それまで何人に断られたのか衝動的に声をかけたのかはわたしは知らない。

けれど、まあ、その本心に見えた寂しさを、伝えられる人間が赤の他人しかいなかった悲しさを、少しは軽くできたことを祈る。

わたしはその寂しさを誰にだって伝えるのことはできないので、その必死さに敬意を払いたかったのだ。

 

元気で。

もう顔も忘れた人よ。

あなたが今日、少しでも世界をましに思えるといい。